刃が紡いだ思いと願い。

まずはゼストとシグナムの話から。
今更の話になるが、本来ゼストは長く生きるつもりはなかったのだと思う。というより、自分は今を生きるべき人間ではない、という思いが強かったと思う。
スカリエッティと機械化人に自らも含めて大切な部下を全員失い、たまたま「実験素材に見合うから」という理由でその墜とされたはずの敵によってただ1人、かりそめの命を与えられたことはゼスト本人としては屈辱的であった以上に、常に生死と隣り合わせという立場であっても自らのために命を落としてしまった部下たちに申し開きの出来ない過ちを犯してしてしまったという悔恨の念が強かったと思う。
だから、ゼスト本人としてはなぜ自らも含め部下全員が命を落とす事になったのか、そして自らだけが再びかりそめの命を与えられたのか。その真実を知りたかった、というのがゼストの第一の目標であったと思う。
交通事故や殺人事件でも遺族が法廷やその他の場でよく言うことがある。
「なぜ自らの肉親や子供が死ななければならなかったのか。その時どんな心境で被害者を殺めたのか、その真実が知りたい」と。
ゼストの思いもその一点に集約されていたと思う。
だからゼストはまずその鍵を握る、かつては盟友であったレジアス中将に彼が知りうるべきことの全てを問いただし、その手につかんだ「もの」をもっておそらくはスカリエッティのアジトに乗り込み、刺し違えてでもスカリエッティを倒す覚悟だったのだと思う。いや、「刺し違えてでも」ではなくおそらくは「刺し違える」つもりだったのではと思う(ただ、ナンバーズにスカリエッティのコピーが埋め込まれていることは知らなかっただろう)。ゼストが距離を置きながらもスカリエッティとのつなぎを切らなかったのはおそらくは自らの最終目標に行き着くための手段であったと考える。
だが、彼がおそらくは不本意ながらも長く生きながらえたのはかつて自らが死地に追いやってしまった部下の娘であるルーテシアとある意味ゼストと同じ境遇の持ち主であったアギトの存在だったのは言うまでもなかろう。
ゼストとしては当然ながら彼女たちを絶対にスカリエッティに渡す訳にはいかなかった。人などというものはある意味「陶器を作るための粘土」程度にしか思っていない奴に彼女たちを渡せば自分と同じ運命をたどることは火を見るよりも明らかであるだ。
「ならばとっとと時空管理局に保護してもらえば良かったのでは?」と思う人もいるかもしれないが、その時点ではゼストは時空管理局にも不信感を抱いていた。なにしろ自らが一度命を落とした事件の真相を一部にせよ全てにせよ時空管理局のトップが握っているのである。うかつに預けてしまえばこちらはこちらで時空管理局がルーテシアとアギトをどう扱うか知れたものではない。従ってゼストとしては彼女たちの全てを安心して託すことのできるところに預けられるまでは自らの命を賭してでも守るしかない。だから彼は「悪くはなかった」とはいえど不本意にも長く生きながらえてしまったのだと考えるのが妥当だろうと思う。
だが、スカリエッティとナンバーズが再び動き始め、そのために機動六課のメンバーが集結した時点で運命の歯車はゼストの思いをかなえる方向に動き出した。シグナムと火の出るような激闘に一度は打ち勝ち地上本部に乗り込むことに成功した彼はレジアスからかつての事件のいきさつを知り、スカリエッティとナンバーズの相次ぐ逮捕、残る懸念であったルーテシアがシグナムが所属する機動六課(ここが重要だと思う。たぶんシグナムと一戦交えていなければシグナムを信用出来なかったと思う)に保護されている事で次々と自らの懸念が解決−それも良き方向に向かって−しつつある事を知った彼は、たった一つ「残されたこと」、「自らの、不本意に生き延びてしまったそのかりそめの命を絶つ」事を選択したのだと思う。
もしゼストに本当に生き延びる気力があるならば、ちょっと前までは目の前にいるシグナムに打ち勝っているのである。たとえ打ち勝つことは出来なかったにしてもアギトとユニゾンして一太刀交えて逃げおおせることも不可能ではなかったと思う。
だが、アギトはそれを選択しなかった。それはもちろん自らの懸念が晴れたこともあるが、自らの思いと願いを託す事が出来ると思える相手−つまりシグナムの存在が一番大きかったと思う。そういう点ではゼストがその想いを託したのがおそらくはヴォルケンズ、いや機動六課の中でも一番義侠心を重んじるシグナムであったことはゼストにとって幸運であったと思う。だからこそ彼は彼女の心を信じ、ある意味シグナムに「介錯」をしてもらったし、ゼストが満身創痍の身体でなおもシグナムに向かっていった意味を理解した彼女は「中途半端な介錯ではここまで思いと願いを貫き通したゼストに失礼に当たる」と思い、彼女の必殺技である「紫電一閃」で「介錯」を務めたのだとヲイラは考える。
そして、「紫電一閃」で自らの「介錯」をしてくれたゼストはさらにシグナムを信じ、自らの「思い」と「願い」を託すことが出来ると思ったのだろう。一切を闇の中に葬り去ることなく、シグナムに自らの「思い」と「願い」を託し、短く、そして不本意ではあったが「思ったより悪くもなかった」二度目の生涯を閉じた。
ゼストの「思い」と「願い」を託されたシグナムは果たしてこの思いをどういう形で生かしていくだろうか。シグナムはヴィータ同様「自らがそう長くはこの世にとどまれない」事を既に知っている。彼女が「その時」を迎えた時、彼女自身と彼女が受け継いだゼストの「願い」と「思い」はどのようにして託されていくのだろうか。それは彼女の胸中だけが知っている。